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『紙屋悦子の青春』舞台挨拶報告

Kamiya_2いよいよ上映が10月13日(金)までとなった『紙屋悦子の青春』。今年4月に急逝した黒木和雄監督の遺作を名演小劇場では、9月2日(土)より上映しています。『美しい夏キリシマ』『父と暮らせば』など数多くの名作を遺した黒木監督。最後にメガホンを取った作品が『紙屋悦子の青春』です。



Kamiya2 劇場公開初日、本作で主人公・紙屋悦子を演じた原田知世さん、そして、海軍航空士官・永与少尉を演じた永瀬正敏さんのお2人が舞台挨拶に立ってくれました。その時の様子を今回はご紹介します。 




『紙屋悦子の青春』は、太平洋戦争末期、ある家族の日常生活を軸に、戦争によってもたらされた心の傷跡を丁寧に描いた老夫婦の回顧録。鹿児島の田舎町で慎ましく暮らす悦子、優しい兄とその妻、密かに想いを寄せる兄の後輩、そして彼の同僚・・・登場人物はたったの5人。原作は、劇作家・松田正隆氏の戯曲で、氏が自らの母親の実話を基に書き上げた作品を黒木監督が原作に忠実に映画化しました。



02_1 主人公・悦子役を熱演した原田さんは、20代から70代までの役を演じるのはとても難しかったですが、監督のたっての希望で幅広い年代の役を演じさせていただきました。当時の20代の女性は、現代に比べるととても精神的に大人だ、ということを強く感じました。』と、本作に出演した感想を語ってくれました。黒木監督の印象については、『あまり細かい指示などはだしませんでしたが、私達が台詞の練習などをしている間もずっと辛抱強く待っていてくださいました。監督と一緒にお仕事させていただいた時間は忘れることのできない時間で、これからも女優をやっていく上で嬉しいプレゼントだったように思えます。』


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一方、悦子に淡い恋心を抱く将校役で出演している永瀬さんは、 『今日は本当にありがとうございます。名古屋での初日を迎えられ、大変嬉しいです。監督も今日はここにいて、喜んでいらっしゃると思います。』と、原田さんと永瀬さんの間を指さす仕草をしていました。また、『この作品には、監督の想いが沢山こめられています。そして普通の映画とは違う、アヴァンギャルドな作品ともいえます。そういう点も気にかけながら観ると、より楽しめると思いますし、二度三度とみて、エンディングのテーマ曲を心に持って帰って欲しいです。』と静かな口調で語ってくれました。



Kamiya3 撮影の際、お2人が一番苦労したのが「方言」とのこと。原田さんは長崎県出身、永瀬さんは宮崎県出身ですが、今回は原田さんが鹿児島弁を、永瀬さんは長崎弁で演じる、ということで現場では常に方言の練習にあけくれていたそうです。同じ九州でも、方言のもつ独特のイントネーションや表現は随分違っています。そういった方言の違いにも注目すると、より本作が楽しめるかもしれません。


Kurokikantoku

黒木和雄 監督DATA:

1930年宮崎県えびの市生まれ。1954年より岩波映画制作所演出部入社、1957年監督デビュー、『海壁』『わが愛北海道』などを発表し、1962年にフリーに。『あるマラソンランナーの記録』を経て、1966年に『とべない沈黙』で劇映画デビュー。1970年代のATGを代表する監督のひとりとして『龍馬暗殺』(1974年)、『祭りの準備』(1975年)、などで高い評価を受ける。1988年『TOMORROW/明日』でナガサキの原爆を描き、キネマ旬報監督賞を受賞。1990年『浪人街』を発表後、2000年に10年ぶりの新作『スリ』が絶賛を浴びる。2003年公開の『美しい夏キリシマ』に続く戦争レクイエム三部作、『父と暮らせば』は2004年に公開され、全国各地で反響を呼び、岩波ホールでは劇場歴代2位となる25週のロングランヒットを記録。



関連リンク:
『紙屋悦子の青春』公式サイト



文責:ホームページチーム・レイチェル

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