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間もなく終了!『沖縄 うりずんの雨』舞台挨拶レポートのご紹介

少しずつではありますが、涼しさを感じられるようになってまいりました。
長崎への原爆投下から70年の8月9日(日)、戦争を沖縄が問いかけるドキュメンタリー『沖縄 うりずんの雨』公開2日目にジャン・ユンカーマン監督が舞台挨拶に来てくださいました。
司会は直前まで生放送のラジオ番組に出演されていたフリーアナウンサーの小堀勝啓さん!大変な猛暑の中でしたが、多くのお客様にお越しいただきました。
舞台挨拶の様子を抜粋して少しだけ、なるべくお話しいただいた言葉のままお伝えします。




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◎映画を撮る意味

 

ユンカーマン監督「…僕は70年経ったところでまだ、アメリカの基地がそのまま多く沖縄に集中しているということが、どうしても許せないことなんです。
それで、アメリカの政府だけではなくて、アメリカの市民も無関心というのは、何ということなのかなとずっと思っていました。だからこの映画を作った。僕のひとつの責任だと思ってこの映画を作ったんです。」

小堀さん
「アメリカ人としてひとつの無関心が責任だとおっしゃった。それは取りも直さず私は、沖縄じゃない本土の人間も同じように、無関心というか知らないことの罪、恥ずかしさ、そう感じました。」


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◎米軍基地

小堀さん「我々ジャーナリストは、分かりやすいように“わずか本土の0.6%の国土の中に、74%の米軍基地が沖縄にある”って言い方しますが、最初から74%あったわけじゃないんですか?」

ユンカーマン監督
「そうですね。この映画でそこまでは取り上げることは出来なかったんですけど。実際には日本の本土の占領があった時期、50年代は80%の米軍基地は本土にあったんです。
60年代になると50%が沖縄、50%が本土になった。実際に74%になったのは復帰後なんです。皆、74%という数字は聞いたことがあると思うんですけど。
負担がどんどんと高くなっていったということなんですね。それを考えるとなぜ70年代、80年代に多くの人が、これはおかしいという声を上げなかったのか?ということを考えるんですよね。
僕はやっぱり、映画の中でも言ってるんですけど、それが差別だということなんだと思うんです。
考えてみれば0.6%なんですけど、ひとつの県に74%が集中してるんです。例えばそれが山口県だったとすれば…。そこの県に74%の米軍の基地が集中してあったとしたら、皆、おかしいと言うんです。山口県の人たちはもちろんなんですけど、全国的に皆、それはおかしいと言うんだと思うですよね。でも沖縄だから許されるということはどういうことなのか、ということなんです。
戦略的に大事な要石ということで、しょうがいないという人ももちろんいると思いますけど。でも、そのしょうがないということにはどっかに責任があるんだと思うんですよね。」

 

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ユンカーマン監督
「ずっと米軍の基地がある状態が続いているんですけど、その中で沖縄の人がアメリカの人たちと親しくなったりするということもあったりします。
僕が最初に沖縄に行ったのは75年なんですけど、その時から皆、仲良くしているんです。沖縄の人たちは誰よりも優しいんです。だから面と向かって、いないほうがいいとは、なかなか言えないんですよね。
それは映画の中でも紹介してるんですが、ペリーが行った時も感じていたんです。おもてなしをして、歓迎してくれる島なんだから占領しやすいという言い方をしていたんです。占領しましょうという提案を出したのはそれがあったからなんです。
皆、礼儀正しい。暴力でもって反対することはありえないので、占領しましょうとペリーが考えていたんですけど、その同じ気持ちがずっと戦後の米軍の中にはあったと思うんです。
でもその中で、ちょっと誤解があるところもあるんです。米軍の基地の中にいると、外に行く時は皆とても親しくとても優しくて歓迎してくれるんですけど、だからと言って米軍の基地を容認しているわけでもないんですね。そういうことで誤解が生じるんだ思うんですけどね。」


小堀さん
「僕らが旅行に行っても、沖縄の人はものすごく優しいんですよ。初めて会った人でもすごく優しいし。どうしてこんなに皆優しいんだろうなと思うぐらい優しいんです。
ただ、時々ふっと、お付き合いが長くなると、あ、こういう苦しみや哀しみがあるからこんなに優しいんだなと。
日本人もかつては終戦直後いっぱい痛みはあったと思うんですが、70年代とかにどんどん豊かになっていって、多分どっかで忘れていって。
日本人としてアメリカが占領していてはいかんと言いますが、同じことを今、僕たち本土の人間はしてるんだなってことがこの映画を観てすごく痛切に思って、いたたまれない感じがするんです。」

 

ユンカーマン監督「この映画の英語のタイトルは『The Afterburn』という言葉を使ってます。炎が消えても火傷は続く。残るのではなく続く。火傷が深くなっていくという現象なんです。
沖縄は一般で考えるPTSDとかそういうようなトラウマの後遺症とちょっと違うのが、前の戦争の時、アメリカの元米兵もとてもトラウマを抱えていて、その思い出がとても辛いんですけど、彼らは平和に戻った。アメリカの戦争、それを絶えず考えなくてはならない状況ではない。
だけど沖縄の場合はそういうトラウマを受けた人が、毎日のように同じその思いをさせられるんですね。そういう意味では、“Afterburn”っていうのは、元の原因が解消するまでそういう痛みが続くということなんです。
それが沖縄の現状なんだと思います。基地がある限りは沖縄戦の悲劇を過去にするということはできない。忘れることはできないということだと思うんです。」


小堀さん
「表面的な傷は治っても、その痛みはずっと続いているので、そこに基地があり米軍がいる限りはずっとそれはもう続いているわけですね。」





……この後、客席のお客様から意見・感想を話していただいたりしました。大きな拍手で終了した後、監督はパンフレットを買われた方へサインをしてくださいました。




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ジャン・ユンカーマン監督
小堀勝啓さんお越し下さいました皆様ありがとうございました!





上映は9月4日(金)までです!ぜひご来場くださいませ。






 







 

文責:エヴァラーユ

 

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